「安く買って、高く売る」をやると、どういう訳だか逆になる

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投資の世界で儲けるためには「安く買って、高く売る」ができればいいことくらい、誰だって知っています。だから、マネー番組やマネー雑誌などの金融メディアを利用して「これから上がる銘柄」を見つけようと躍起になるわけです。そして、金融メディアの方でも、こうしたニーズに答えるために、特に1月とか4月には「昨年(度)の値上がり銘柄トップ10」というランキングを示してくれます。買い物上手のBさんは、こうした「値上がりランキング」をチェックするのが大好きです。

Bさんによれば、「たとえば、冷蔵庫を買うときだって、人気がある商品は、評判もよくて、品質も良いでしよ。だから株を買うときだって人気がある銘柄が良いってことよ」ということなので「値上がりランキング」は、何より頼りになるらしいのです。こうしてBさんは、昨年1番値上がりした、金鉱山を持っている「資源株」を1株1,000円で買うことにしました。この「資源株」は、10年前には1株200円だったわけですが、ここ2~3年間、石油の値段が上がった際に、40%も急上昇した銘柄です。

「よし、今年も40%上がるに違いないわ!」とBさんは自信満々でしたが、蓋を開けてみれば、1年間で30%も値下がりし、今度は「値下がりランキング」にランクインすることになったのです。こうなるとBさんの胸中は、穏やかではありません。「人気があるから買ったのに、これでは、あべこべじゃないの!もう、こんな株なんて、見たくもないわ」って言い捨てると、この「資源株」を1株700円で叩き売ってしまいました。

Bさんの間違いは「株」を買うことも「日用品」を買うことと一緒であると考えてしまった点にあります。というのも、テレビや洗濯機を買うときには1番評判の良い商品を大安売りの日に買いに行けますが「株」を買うときには1番評判の良い銘柄を買うとは、プレミアム価格で手に入れる、ということになるからです。「株」と「日用品」では買い物の仕方が違うのです。「日用品」を買うときには、雑誌の評判を利用しているお陰で、買い物上手のはずのBさんは「株」を買うときには、雑誌の評判を利用したお陰で、買い物下手になっているなんて、なんとも皮肉な結果ですよね。

日用品を買う感覚で株を買うと「高く買って、安く売る」になる

Bさんのように「株式の買い物」と「日用品の買い物」を一緒だと考えて失敗している方は案外たくさんいるものです。たとえば、健康食品を買う際に前回買ったのと同じ商品を買っていることが多いと思いますが、これは実際に使ってみて満足したからで「過去の実績」に照らし合わせて商品を選んでいるわけです。

また、前回買ったのと違う商品を買う場合には、お試しセットを利用するだけでなく「○○雑誌のアンケートで1番人気の商品です」とか「愛用者は世界で1,000万人を超えた大ヒット商品です」という「製品レビュー」から商品を選ぶことが多いと思います。このように「日用品の買い物」では過去の実績や製品レビューを頼りにするものですが「株式の買い物」では、こんなやり方では失敗するに決まっています。

というのも、株式というのは、いつでも同じ値動きをするものではありませんから、1年前には1,000円に値上がりして大満足したものの、1年後には500円に値下がりしてガッカリさせられることがあるため「過去の実績」は全然頼りになりません。また、株式というものは「値上がりランキング」に登場した時点では、買い手が殺到しているため、バーゲン価格で買うどころか、プレミアム価格で買わされる羽目におちいるため「製品レビュー」も全然役に立ちません。

Bさんが利用している「値上がりランキング」というのは「過去の実績」や「製品レビュー」を利用した「日用品の買い物」そのものですが、こんな風なやり方をしていれば、高値掴みをしていて当然であると言えるのです。むしろ「株式の買い物」では「過去の実績」を引きずらず「製品レビュー」には目もくれず雨の日も風の日も自分が決めた、たった1つの株式の投資信託を淡々と買い続けていくやり方が正解です。

このやり方だけが、唯一の安値で拾う方法です。学校では、本を読むほど賢くなると教えられますが、投資ではマネー本やマネー雑誌を読むほど「おバカさん」になってしまう可能性があります。マネー番組やマネー雑誌なんかに目もくれずに、毎月、同じ金額を、同じ株式(の投資信託)に地道に「積立投資」していけば「株式の買い物」は上手になれるということなのです。

高値で買ってしまう悩みは積立投資で解決できる

「投資の世界」のカラクリにはまると「安く買って高く売る」というつもりが「高く買って安く売る」をさせられます。ここで役立つのが「積立投資」で少なくとも「高く買うこと」だけは避けることが可能です。株式市場というのは、上がったり下がったりをくり返すため、たとえば、毎月3万円の「積立投資」では1ヶ月目に1,000円で買ったら、2ヶ月目に500円に暴落するケースも考えられます。

ここからいくらに戻れば損がなくなるかと言えば、1,000円と500円の「平均価格」である750円ではなく、667円で十分なのです。というのも、1,000円では30口を購入し、500円では60口を購入していたため「平均単価」は6万円÷90口=667円と計算されるからなのです。

このように「平均価格」より「平均単価」が低くなる理由は、値段が高い時には数量を少なめに買い、値段が安い時には数量を多めに買っておいたからで、こうした「積立投資」に伴う効果を「ドルコスト平均法」と呼びます。そして「ドルコスト平均法」の効果は値動きが大きいほど発揮されるため「積立投資」では(値動きの小さい債券ではなく)値動きの大きな株式のみを利用します。

株式市場が下がりっぱなしでは困りますが、超長期では上昇する性質を持つ以上、むしろ一時的な値下がりは「平均単価」を引き下げ、儲けを呼び込んでくれるチャンスというわけなのです。このように「積立投資」を行って毎月同じ金額を同じものに投資すれば「ドルコスト平均法」によって「安い時にたくさん買って、高いときに少なく買う」ということを簡単に実行できるということです。

— posted by 間中 at 02:38 pm  

「全然素敵」は間違い?

「全然」は「全然だめだ」のようにその下に打ち消しか否定的な表現がつくと考えられています。ところが、最近では「全然すてき」「全然いい」のような言い方が珍しくなくなっています。

このように用法が変化した言葉は「全然」だけではありません。「とても」も明治のころには「とてもできない」のように打ち消しを伴う用法だけでした。それが大正・昭和になって「とてもきれい」のような言い方がなされるようになったのです。「全然すてき」のような言い方は、現在では国語辞典の多くに俗用として採録されています。「とても」も「全然」も同じ穴のムジナというわけです。

「元旦の夜」は永遠に来ない

夜が来ない日はありません。しかし元旦の夜だけはいくら待っていても決して来ません。なぜでしょうか。「旦」の字を見てください。これは太陽(日)が地平線(一)から現れたさまをかたどっています。つまり、「旦」は「朝」「夜明け」を表す文字なのです。ですから「元旦」は「元日の朝」のことです。年賀状に「元旦」と書くのも、新年の夜明けに挨拶をするからです。ですから元旦の夜に約束をしても永遠にデート出来ないことになります。もちろん「元日の夜」は来ますから「元旦の夜」のデートは出来なくとも「元日の夜」なら大丈夫です。

碁は「打ち」、将棋は「指す」

碁や将棋には公認のルールがあり、独特の用語が決められています。ですから「指す」でも「打つ」でもかまわないというわけにはいきません。「碁を指す」「将棋を打つ」は間違いです。「碁を打つ」「将棋を指す」といわねばなりません。

では、オセロはどうでしょうか?日本オセロ連盟では「打つ」に統一しています。なるほど碁もオセロも黒と白の石(チップ)を使っており、共通するものがあるようです。また、よく将棋と比較されるチェスの場合は、やはり将棋と同じく「指す」ということになっています。ひょっとすると初めから盤上に置いてあるゲームが「指す」で、そうでないものが「打つ」なのかもしれませんね。

— posted by 間中 at 07:15 pm  

弓と矢を同時に引くと何も飛ばなくなる

「弓矢を引く」どこもおかしいところは見当たらない?よく間違える表現です。正しくは「弓を引く」です。こういえばなるほど、と思うことでしょう。「弓矢」は「弓と矢」ですから、両方を引いたら、飛んでいくものがなくなってしまうことにもなりかねません。正しく、弓に矢をつがえて射ることが大切です。

なお「弓を引く」には「矢を射る」ことのほかに「反抗する。そむく」の意味もあり、「親に向かって弓を引くつもりか」などと時代がかった表現で怒鳴られることもあります。余談ですか、「弓を引く」も間違いで「弦(つる)を引く」が正しいとする人もいるかもしれませんが、それは「川が流れる」をおかしいと言いがかりをつける人と同類といえます。

「手をこまねいて」は訛っている

何もしないでただ見ていることは、「傍観(ぼうかん)」とも「拱手」ともいい、二つ合わせて「拱手傍観」ということばもあります。ところで、「拱手」を「こうしゅ」と読んだのでは慣用読みで、「きょうしゅ」が正しい読み方です。「広辞苑」でも本見出しは「きょうしゅ」です。さらに「拱手」には問題があって、これを読み下して「手を拱く」という言い方もあるのですが、これを「こまねく」といってはだめなのです。

これは「こまぬく」の訛(なま)った読み方とされています。もちろん、広辞苑は「こまぬく」を本見出しとしています。「拱手(こうしゅ)」も「こまねく」も間違いとなると、辞書はこまめに引くべきですね。

— posted by 間中 at 02:20 pm  

「悲喜こもごも」は大勢には使えない

レコード大賞の授賞式会場を、受賞した人、しなかった人の双方を表そうとして、「悲喜こもごもの会場」といった使い方をしてはいけません。「悲喜こもごも」は、喜ぶ人もいれば悲しむ人もいるという場合には使いません。

本来これは、一人の人が、悲しみと喜びとを代わる代わる味わうことをいい、「悲喜こもごもの人生」などと使います。また、悲しみと喜びが入り交じることも表し、栄転だが、地方単身赴任の辞令に接したときなどに「悲喜こもごもといったところさ」などと心境を表現します。「喜んでいいものやら悲しんでいいものやら」といった言い回しと通じるものがあります。

弾は当てても照準は当てられない

一般に「ねらいを定めること」を「照準」といいます。これを「A大学に照準を当てて受験勉強に励む」といっては間違いです。「照準」は元来「鉄砲のねらいをつけること」ですから。「照準を当てる」といえば、照準器を目標に当ててしまうことにでもなるのでしょうか。当てるのは、弾丸でなければなりません。「照準を合わせる」が正しい言い方です。

— posted by 間中 at 01:13 pm  

生唾は「わく」よだれは「出る」が正しい

「愛陶家なら生つばの出そうな作品がずらりと並んでいる」陳列棚の前で、生つばをごくりと飲み込む音が聞こえてきそうです。ですが、「生つば」は「出る」ものでなく「わく」と表現します。「出る」のは「よだれ」で、食い意地がはっているようでいけません。

たとえば「愛猫家(あいびょうか)ならよだれの出そうな猫がずらり・・・」といったら、英国あたりからすぐにでも抗議の電報がくるでしょう。ただし、非常に欲することを「垂涎(すいぜん)」といい「垂涎の的(まと)」などと使います。これは文字どおり、涎(よだれ)を垂らすことですから、動物相手には便わないほうが賢明かも・・・。

「熱にうなされる」はどこが間違い?

かぜで寝こんでいる子が、意識不確かになることを指して「熱にうなされる」というのは間違いです。「うなされる」は「魘される」と書き、恐ろしい夢などを見て、思わず苦しそうな声を立てることです。高熱のために、ぜいぜいとあえぐような声を出していても、それは「うなされる」とはいいません。例文のように。熱のために、意識が不確かになることは、「熱にうなされる」といいます。これは、現実に高熱にならなくても、「恋をして、まるで熱にうなされたみたいだ」のように比喩的(ひゆてき)にも用いられます。

— posted by 間中 at 12:22 pm