「悲喜こもごも」は大勢には使えない

レコード大賞の授賞式会場を、受賞した人、しなかった人の双方を表そうとして、「悲喜こもごもの会場」といった使い方をしてはいけません。「悲喜こもごも」は、喜ぶ人もいれば悲しむ人もいるという場合には使いません。

本来これは、一人の人が、悲しみと喜びとを代わる代わる味わうことをいい、「悲喜こもごもの人生」などと使います。また、悲しみと喜びが入り交じることも表し、栄転だが、地方単身赴任の辞令に接したときなどに「悲喜こもごもといったところさ」などと心境を表現します。「喜んでいいものやら悲しんでいいものやら」といった言い回しと通じるものがあります。

弾は当てても照準は当てられない

一般に「ねらいを定めること」を「照準」といいます。これを「A大学に照準を当てて受験勉強に励む」といっては間違いです。「照準」は元来「鉄砲のねらいをつけること」ですから。「照準を当てる」といえば、照準器を目標に当ててしまうことにでもなるのでしょうか。当てるのは、弾丸でなければなりません。「照準を合わせる」が正しい言い方です。

— posted by 間中 at 01:13 pm